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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)1160号 判決 1996年3月22日

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成三年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

理由

第一  請求原因1(原告等の地位)について

一  当事者間に争いのない事実

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  甲野及び原告の地位

前記請求原因1の事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  甲野は、パキスタン・イスラム共和国国籍の外国人であるが、一九六六年(昭和四一年)に同国において出生し、昭和六一年、就労目的で来日し、昭和六三年八月に再度来日するとともに、同年一二月、日本人女性と結婚し、それ以来、パキスタン人に仕事を紹介したり、自動車販売業に携わるなどしていた。

2  甲野は、平成二年七月一八日、強盗の罪名で東京地方裁判所に起訴された(同年刑(わ)第一三七一号。以下「本件事件1」という。)。本件事件1の公訴事実の要旨は、甲野が、複数のパキスタン人と共謀して、千葉県浦安市において、複数のパキスタン人に対して刃物を突きつけるなどの暴行及び脅迫を加え、その所有する現金等を強取したというものであった。

その後、甲野は、同年一〇月二二日、強監の罪名で同裁判所に追起訴された(同年刑(わ)第一九九二号。以下「本件事件2」という。)。本件事件2の公訴事実の要旨は、甲野が、本件事件1と同様、複数のパキスタン人と共謀して、神奈川県相模原市において、本件事件1と同様の手口で、複数のスリランカ人からその所有する現金等を強取したというものであった。

本件事件1及び本件事件2は、同裁判所の乙山裁判官係に配点され、併合審理されていた。

甲野は、当初光が丘警察署に勾留されていたが、その後東京拘置所に移監された。

3  本件事件1については、当初、国選弁護人が選任されていたが、平成二年一〇月八日、原告が弁護人に選任された(なお、その後、本件事件2が本件事件1と併合審理されることとなり、原告は、本件事件2についても、甲野の弁護人となった。)。本件事件1の審理は、同日において、既に証拠調べの段階に進んでいた。

原告は、弁護人に選任された後、甲野との間で、少なくとも一か月に二回の頻度で接見していた。原告は、甲野の弁解や記録などを検討した結果、本件事件1については、強盗罪の成立自体は認めざるを得ないが、本件事件2については、強盗の犯意、共謀、実行行為などがなく無罪であるとの判断に至った。

甲野は、母国語がウルドゥ語であったが、英語も話すことができたことから、原告は、甲野との間で、専ら英語を用いて意思の疎通を図っていた。なお、甲野は、日本語もある程度話すことができたが、日本語を用いて本件刑事裁判について原告と打合せをすることは困難であった。

三  本件刑事裁判の帰すう

《証拠略》によると、甲野は、本件刑事裁判について、平成三年七月一九日、東京地方裁判所において、懲役三年六月の判決を受けたこと、甲野及びその弁護人である原告は、右判決に対し、東京高等裁判所に控訴の申立てをしたこと、原告は、控訴の趣意の一つとして、原審裁判官が拘置所職員の要求に従って公判中に弁護人と被告人との間のメモ等の授受を制限し、拘置所又は裁判所が用意するメモ用紙等の使用を命じるなどの訴訟指揮をしたことは、憲法及びB規約に違反し、この違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとの訴訟手続の法令違反の主張をしたこと、東京高等裁判所は、平成四年五月二七日、控訴棄却の判決をしたこと、同裁判所は、右判決において、原審裁判官の訴訟指揮について、原告が主張するような訴訟手続の法令違反は認められない旨説示したこと、甲野は、右控訴審の判決に対する上告を断念し、その結果、有罪判決が確定したことが認められる。

第二  請求原因2(本件各行為)について

一  当事者間に争いのない事実

1  請求原因2(一)(メモ用紙の使用妨害その一)のうち、(1)ないし(3)の各事実(ただし、原告及び甲野の内心に関する事実を除く。)、(4)の事実(ただし、尾崎看守が原告に対し「ちゃんと差入れの手続をとってください。」と要求した点を除く。)、(5)の事実、浅野看守長及び尾崎看守がルーズリーフ・パッド等の授受を制限しようとしたが、原告が甲野に右ルーズリーフ・パッド等を保持させた事実、(7)の事実(ただし、浅野看守長の発言の時期を除く。)、(8)の事実、乙山裁判官が、原告及び甲野に対し、拘置所が用意したメモ用紙及び筆記用具を使用するよう命じた事実、原告が乙山裁判官の訴訟指揮に対して異議を申し立てたが、乙山裁判官が棄却の決定をした事実、(10)の事実(ただし、「強いられた」との部分を除く。)並びに(11)の事実は、当事者間に争いがない。

2  同(二)(書類(手紙)の授受妨害及び名誉毀損)のうち、原告が平成三年四月六日の午前、甲野と接見した事実、(2)の事実、(3)の事実(ただし、傍聴人の数を除く。)、原告が山口副看守長との間で(4)及び(5)に記載された趣旨の会話を交わした事実(ただし、山口副看守長が「弁護士さんなら監獄法施行規則くらい知っているでしょう。」及び「監獄法施行規則〇〇条というのを知らないんですか、弁護士のくせに。」と述べた点を除く。)、(6)の事実、(7)の事実(ただし、山口副看守長が身構えて原告の前に立ちはだかった点を除く。)、原告が(9)に記載された趣旨の発言をした事実、(11)の事実(ただし、山口副看守長が「弁護士会に抗議する。裁判所にも抗議する。」と怒鳴り声を上げた点を除く。)、(12)の事実(ただし、山口副看守長が原告に対して「あなたは泥棒だ。」と周囲の人々をはばかることなく怒鳴った点を除く。)並びに(13)の事実(ただし、中間所長が弁護士会に対し原告らの指導監督を要求したとの部分を除く。)は、当事者間に争いがない。

3  同(三)(メモ用紙の使用妨害その二)のうち、(1)ないし(3)の各事実、(4)の事実(ただし、「煩さな方法を強いられた」との部分を除く。)及び(5)のうち原告が甲野の示した用紙に記載しようとしたのを乙山裁判官が制止した事実は、当事者間に争いがない。

4  同(四)(被告人と弁護人との間の信書の検閲)の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件各行為

一の当事者間に争いのない事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  メモ用紙の使用の制限その一

(一) 平成二年一二月一七日の本件刑事裁判の第二八回公判期日においては、本件事件2について、被告人である甲野及び弁護人である原告の意見陳述がされた後、次回の公判期日に検察官請求に係る証人として、本件事件2の被害者であるスリランカ人二名を取り調べることとなり、次回の公判期日として平成三年一月二二日が指定された。同日には、右証人について、検察官の主尋問のみでなく、弁護人の反対尋問まで終了させる予定であった。

(二) 原告は、同月二一日ころ、東京拘置所において甲野と接見し、次回の公判期日に実施される証人の反対尋問に備えたが、接見の際の打合せだけでは効果的な反対尋問をすることができず、法廷において検察官の主尋問が実施されている間も、甲野との間で情報の交換を直ちに行う必要があると考えた。そして、東京地方裁判所の刑事法廷では、弁護人席の前に被告人席が設けられることから、甲野と会話することも可能ではあるが、検察官の主尋問に注意を払っていなければならない弁護人としては、主尋問の最中に口頭で情報の交換をすることは不可能であると判断し、書面を用いて情報の交換をすることとした。

(三) そこで、原告は、同月二二日、第二九回公判期日が始まる前、同裁判所刑事第四〇七号法廷において、目の前に座っている甲野に対し、持参したルーズリーフ・パッド及びボールペンを手渡した。すると、甲野の横に付き添っていた尾崎看守が、原告に対し、「ここでこういうことをされては困る。メモ用紙などを渡すのであれば、差入れの手続をとってください。」などと申し向け、右ルーズリーフ・パッド等の授受を制止しようとした。

原告がこれに応じなかったことから、尾崎看守は、同裁判所地下の同拘置所留置場(以下「出廷留置場」という。)で執務していた浅野看守長に対し、原告とのやり取りについて報告した。この報告を受けて、浅野看守長は、第四〇七号法廷に赴き、弁護人席に着席していた原告に対し、「メモを取る必要があるなら、拘置所が用意するメモ用紙を使ってほしい。」旨述べ、甲野からルーズリーフ・パッド等を取り上げて、弁護人席の机の上に戻した。しかし、原告は、これにも応じず、甲野に対し、再び右ルーズリーフ・パッド等を手渡した。その後、原告と浅野看守長との間で、右ルーズリーフ・パッド等を甲野から取り上げ、再度甲野に手渡すというやり取りが二、三回続けられた。

やがて、原告は、乙山裁判官が入廷したことから、浅野看守長に対し、その場から立ち去るよう求め、浅野看守長はやむなく傍聴席に退いた。その際、右ルーズリーフ・パッド等は甲野の手元に存在した。

(四) 乙山裁判官が入廷して間もなく、傍聴席にいた浅野看守長は、乙山裁判官に対し、挙手をして発言を求めた上、原告が東京拘置所の許可を受けないで甲野に筆記用具等を渡したことなど原告とのやり取りについて説明し、甲野に同拘置所が用意するメモ用紙及び筆記用具を使用させるよう求めた。これに対し、原告は、被告人の防御権、さらには原告が持参したルーズリーフ・パッドには厚紙の台紙が付いていて使いやすいことなどを理由として、右ルーズリーフ・パッド等の使用を認めることを求める意見を述べた。

乙山裁判官は、甲野及び原告に対し、同拘置所が用意するメモ用紙及び筆記用具を使用することを命ずる訴訟指揮をした。

この訴訟指揮に対し、原告は、被告人に弁護人が持参したメモ用紙及び筆記用具の使用を認めないのは被告人の防御権を制限するものであることを理由として、異議を申し立てた。乙山裁判官は、この申立てを棄却する決定をした。

(五) その後、甲野及び原告は、同拘置所が用意したわら半紙一、二枚及びボールペンを使用して情報の交換等を行うこととなり、右両名は、実際にも、わら半紙に書込みをして数回メモのやり取りをした。なお、同日の公判期日においては、被告人及び弁護人が同じ用紙に書込みをすることは制限されなかった。

公判期日の終了後、原告らが使用したわら半紙及びボールペンは、甲野に付き添っていた尾崎看守が取り上げて持ち去った。

(六) 法廷内における被告人によるメモ用紙及び筆記用具の使用について、東京拘置所の平成三年当時の運用は、おおむね、次のとおりであった。

(1) 勾留中の被告人が出廷に先立ち、房内で使用していたメモ用紙の携行を希望したときは、これを許可する。ただし、筆記用具については、出廷留置場に備え付けられているボールペンを使用させる。

(2) また、出廷留置場において、メモ用紙を携行しなかった被告人から、メモ用紙及び筆記用具の請求があったときは、出廷留置場に備え付けられているメモ用紙及びボールペンを使用させる。

(3) 法廷において、弁護人が勾留中の被告人に対してメモ用紙及び筆記用具を交付することは認めず、被告人にメモを取る必要性が生じたときは、出廷留置場に備付けのメモ用紙及びボールペンを貸与する。

2  本件手紙の返還要求

(一) 原告は、平成三年四月六日午前、同月八日の本件刑事裁判の第三四回公判期日において甲野の被告人質問が予定されていたことから、その準備のため、東京拘置所で甲野と接見した。その際、甲野は、原告に対し、同年三月二八日に母国の兄から同年二月二二日付けの本件手紙を受け取り、姉が死亡したことを知ったなどと話した。原告は、この話を聞いて、右手紙を甲野の情状立証に用いる必要があるのではないかと考え、また、甲野がこの手紙を房内に所持していると述べたことから、その内容を確認すべく、甲野に対し、同年四月八日の法廷に右手紙を持参するよう指示した。原告は、本件手紙が既に同拘置所において検閲済みであることから、法廷においてその授受をすることにつき何の問題もないものと考え、受け取った右手紙はそのまま持ち帰るつもりであった。

なお、原告は、それまでに、勾留中の被告人から、宅下げの手続を経ることによって物の交付を受けたことがあった。また、勾留中の被告人から、郵送による宅下げの手続を経ることによって物の送付を受けたこともあった。

(二) 原告は、同日、第三四回公判期日が始まる前、東京地方裁判所刑事第四一二号法廷において、弁護人席の前に座っていた甲野から、封筒に入っている本件手紙を受け取り、封筒の中にウルドゥ語で書かれた手紙が入っていることを確認した後、これを持参していた事件ファイルの中にしまいこんだ。この際、甲野の出廷戒護に携わっていた同拘置所看守は、本件手紙の授受を制止はしなかった。

(二) やがて、乙山裁判官が入廷して同日の公判期日が始まった。そして、被告人質問が実施された後、同日午後四時三〇分ころ、公判期日は終了し、乙山裁判官、検察官及び甲野が退廷した。

原告は、弁護人席において、後片付けをしていたところ、同拘置所看守部長大島倖滋(以下「大島看守部長」という。)から、本件手紙の返還を求められた。原告は、被告人から受け取った物であることを理由として、これを拒否した。そこで、大島看守部長は、原告との間で本件手続の返還を求めるやり取りを何度か繰り返した後、出廷留置場において執務していた山口副看守長に対し、甲野が出廷の際に携行していた本件手紙を弁護人に手渡して示していたところ、公判期日が終了したにもかかわらず、弁護人が本件手紙を返還しない旨の報告をした。この報告を受けて、山口副看守長は、右弁護人から本件手紙の返還を受けるべく、第四一二号法廷に赴いた。

(四) 山口副看守長は、弁護人席と傍聴席の出入口との間に立って、弁護人席にいた原告に対し、同拘置所の者である旨名乗り、原告が本件手紙を所持していることを確認した上、本件手紙をいったん返還し、その上で拘置所において所定の手続をとるよう求めた。これに対し、原告は、憲法及び刑訴法において、被告人と弁護人との間の物の自由な授受が権利として保障されていることを理由として、これを拒絶した。山口副看守長は、原告から、所属弁護士会及びその氏名を聞き出すとともに、原告に対し、更に本件手紙の返還を求めたが、やはり拒絶されたため、弁護士会に抗議する旨告げた。

原告は、これ以上山口副看守長と議論することは無意味であると考え、本件手紙を所持したまま退廷しようとして、原告の前に立つ山口副看守長に対し、通路を空けるよう求めたところ、同人がこれに応じようとしなかったので、「あなたには自分をここに引き止めておく権限はない。」と指摘した。すると、山口副看守長は、原告に対し、その権限がある旨答えるとともに、「あなたは泥棒ですよ。我々は被告人から物を預かっているんだ。あなたは、それを勝手に取ったんだから、本当に泥棒ですよ。」と怒鳴った。原告は、山口副看守長に対し、「あなたは、今、私のことを泥棒と言いましたね。」と確認すると、山口副看守長は、「何度でも言います。あなたは泥棒だ。」と答えた。このとき、第四一二号法廷には、書記官、速記官及び通訳人がまだ残っており、傍聴席にも、本件刑事裁判を傍聴していた作家の柴田弘子及び甲野のいとこの二名がとどまっていた。

(五) その後、原告は、山口副看守長のわきを通り抜けて第四一二号法廷の外に出て、前期柴田及び甲野のいとことともに、エレベーター・ホールでエレベーターが到着するのを待っていた。すると、山口副看守長が近づいてきたことから、原告は、山口副看守長に対し、「人が通るから、ここでは泥棒と言うのはやめてください。」などと言ったところ、山口副看守長は、「いや、あなたのやったことは泥棒と同じですから。あなたは泥棒だ。」と言い返した。

(六) 中間所長は、埼玉弁護士会会長に対し、「被収容者信書の返戻方について(お願い)」という標題の同月一一日付け文書を送付した。その内容の要旨は、同拘置所の職員が原告に対して在監者の所持する物品の授受については法令に基づく手続がある旨説明して本件手紙の返還を求めたにもかかわらず、原告が本件手紙を持ち去ってしまったことについて、遺憾の意を表明するとともに、原告に対し、本件手紙を返還するよう説得することを依頼するものであった。

(七) なお、原告は、その後、本件手紙を本件刑事裁判の書証として提出した。

3  メモ用紙の使用の制限その二

(一) 原告は、平成三年一月二二日の本件刑事裁判の第二九回公判期日において、拘置所のメモ用紙及び筆記用具を使用するようにとの訴訟指揮を受けた後、甲野との間でメモのやり取りを行っていなかった。

しかし、同年四月八日以降、本件刑事裁判における弁護活動のあり方等について他の弁護士と検討を重ねた結果、裁判所の基本的な態度を明らかにさせようということとなり、原告及び新たに甲野の弁護人に就任した弁護士は、同年五月二日の第三五回公判期日の前に、裁判所に対し、甲野がメモを取ることについて、<1>被告人席の前に机を設けること及び<2>弁護人が持参したメモ用紙及びボールペンの使用を認めることの二点を申し入れた。この申入れを受けて、裁判所は、同日、被告人席の前に机を設けた。

なお、同日の第三五回公判期日には、本件事件2の共犯者の証人尋問が予定されていた。

(二) 原告は、同日の公判期日が始まると、乙山裁判官に対し、<1>甲野において原告ら弁護人が持参したメモ用紙を使用すること及び<2>弁護人において閉廷後、甲野から、その筆記したメモ用紙を裁判所又は拘置所の関与なしに直接受け取り、持ち帰ることを認めるよう申し入れた。

(三) これに対し、乙山裁判官は、次のような訴訟指揮をした。

(1) 甲野は、裁判所が用意したメモ用紙に筆記しなければならない。

(2) 開廷中、甲野が筆記したメモを弁護人に示すこと及び弁護人がこれを自分のメモ用紙に書き写すことはかまわないが、弁護人が甲野のメモ用紙に書き込むことは許さない。

(3) 開廷中、弁護人が筆記したメモを甲野に示すことはかまわないが、甲野が弁護人のメモ用紙に書き込むことは許さない。

(4) 弁護人が筆記したメモ用紙を甲野に交付することは許さない。

(5) 甲野が筆記したメモ用紙を弁護人に直接交付することは許さない。

弁護人がその持ち帰りを希望するときは、いったん裁判所に提出させた上で弁護人に交付する。

(四) 原告ら弁護人は、この訴訟指揮に対し、弁護人と被告人とが自由かつ秘密に相談することができるという憲法上の権利を侵害するものであることを理由として、異議の申立てをしたが、乙山裁判官は、この申立てを棄却する決定をした。

(五) その後、原告及び甲野は、同日の公判期日において実施された証人尋問の間、何度か互いにメモ用紙を示しながら情報の交換等をするとともに、口頭でも話合いをしていた。

なお、原告は、一度、思わず甲野のメモ用紙に書込みをしようとしたところ、乙山裁判官によって直ちに制止されたことがあった。

(六) 公判期日の終了直前、書記官が甲野の手元にあったメモ用紙を乙山裁判官に手渡した。乙山裁判官は、受け取ったメモ用紙を見分した上、甲野に対し、持ち帰りの希望の有無を確認し、甲野が希望しない旨回答したことから、そのメモ用紙を持ち去った。

原告ら弁護人は、書記官がメモ用紙を取り上げた際、異議の申立てはしなかった。また、乙山裁判官は、原告ら弁護人に対し、持ち帰りの希望の有無を確認しなかったが、原告ら弁護人も、乙山裁判官に対し、その希望を表明しなかった。

4  被告人と弁護人との間の信書の検閲

(一) 甲野は、原告にあてて前判示の各日付けの信書(封書)四通を作成し、中間所長に対し、平成三年七月二四日、八月七日、同月二八日及び九月五日、それぞれ各一通の発信を願い出たため、いずれも東京拘置所の書信係の職員が検閲し、内容に支障のないことを確認して、信書の各葉に検印を押した上、右各同日、原告にあてて発信した。

(二) 同拘置所の書信係の職員は、同年七月二三日、八月二一日、九月五日及び同月一七日、それぞれ原告から甲野にあてた各一通の信書(前判示の各日付けの封書)を受信したことから、いずれも検閲し、内容に支障のないことを確認して、封書の各葉に検印を押した上、右各同日、甲野に交付した。

第三  請求原因3(本件各行為の違法性)について

一  メモ用紙の使用の制限その一について

1  原告は、第二の二1において判示した平成三年一月二二日の乙山裁判官の訴訟指揮について、これを違法な公権力の行使に該当すると主張するので、その違法性について検討することとする。

(一) 訴訟指揮権の趣旨及び目的

刑事事件を審理する裁判所は、審理に一定の秩序を与え、その円滑な進行を図るための合目的的活動を行う権限である訴訟指揮権を有する(刑訴法二九四条参照)。公判期日における訴訟指揮権は、審理の充実及び訴訟の促進を目的とするものであり、当該事件の事案の解明と密接な関連を有することから、具体的な審理の各場面に即応して、時機を失せず迅速かつ的確に行使される必要がある。したがって、訴訟指揮権の行使は、具体的事件の審理を担当する裁判長(開廷をした一人の裁判官を含む。以下同じ。)の広範な裁量にゆだねられており、その行使の要否及び執るべき処分についての裁判長の判断は、最大限に尊重されなければならない。

(二) 訴訟指揮権の行使に基づく処分に対する不服申立て手続

検察官、被告人又は弁護人は、公判期日における裁判長の訴訟指揮権に基づく処分に対し、法令の違反があることを理由とする場合には、異議を申し立てることができる(刑訴法三〇九条二項、刑訴規則二〇五条二項)。また、刑事事件の第一審判決に対しては、訴訟指揮権の行使が法令に違反し、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として、控訴の申立てをすることができる(刑訴法三七九条。なお、本件刑事裁判についても、原審裁判官の訴訟指揮が憲法及びB規約に違反し、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として、控訴の申立てがされていることは、第一の三に判示したとおりである。)。さらに、刑事事件の第一審の審理における裁判長の訴訟指揮権の行使について、憲法の違反又は憲法の解釈に誤りがある場合において、当該第一審判決に対し、憲法の違反又は憲法の解釈に誤りがあることを理由として、控訴の申立てをし、控訴審判決がその点の判断を誤ったときは、控訴審判決に対し、上告の申立てをすることができる(刑訴法四〇五条)。

(三) 裁判所による法令の解釈及び適用

裁判所がその職務とする法令の解釈及び適用は、客観的基準による唯一の正しい判断というものがあり得ないという特質を有している。このような特質に照らすと、法令の解釈及び適用は、裁判所の独立性が顕著に認められるべき分野であって、その誤りは、あくまで当該事件に係る訴訟手続内で是正されるべきであると解される。

(四) 以上のような訴訟指揮権の趣旨及び目的、訴訟指揮権の行使に基づく処分に対する不服申立て手続の存在、裁判所による法令の解釈及び適用という職務の特質などの諸点に照らすと、裁判所の訴訟指揮は、当該裁判所が担当する具体的事件の審理と密接不可分の関係にあり、その違法は、前記の異議申立てなどあくまで当該事件に係る訴訟手続によって是正されるべきものであって、その正否を当該事件に係る訴訟手続を離れて別途に判断することを許す場合には、訴訟指揮の本来の趣旨を著しく没却し、審理の迅速かつ円滑な進行を阻害する結果を招来するおそれが大きいと解される。

そうすると、裁判長による訴訟指揮権の行使が国賠法一条一項の規定にいう違法な公権力の行使に該当すると判断されるのは、当該裁判長が違法又は不当な目的をもって当該訴訟指揮権を行使したなど、裁判長が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情が存在する場合に限られるのであり、その単なる法令(憲法及び条約を含む。)の解釈又は適用の誤りを国賠法上も違法であるとして損害賠償請求をすることはできないというべきである。

(五) ところで、原告は、前示平成三年一月二二日における乙山裁判官の訴訟指揮の違法性について、請求原因3のとおり主張するところ、法令の解釈又は適用の誤りをいう点は、前示のとおりこれを国賠法上も違法であるとして損害賠償請求をすることはできないというべきであるから、主張自体失当といわざるを得ない。また、乙山裁判官が、後に判示する被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利を直接侵害する目的をもって訴訟指揮をした、あるいは、乙山裁判官が、拘禁目的を侵害する具体的危険が全くない状況下で、法廷内における物の授受を禁止することにより右コミュニケーションの権利を妨害する目的をもって、審理の円滑な遂行を本来の目的とする訴訟指揮権を明らかに濫用したとの趣旨をいう点については、乙山裁判官のした訴訟指揮の内容その他前示の同日の事実関係に照らし、同裁判官にそのような違法又は不当な目的があったとは到底推認することができない。そして、そのほかに前記特別の事情についての主張・立証はないから、原告の右主張は採用することができない。

2  次に、原告は、第二の二1において認定した平成三年一月二二日における浅野看守長及び尾崎看守の措置について、違法な公権力の行使に該当すると主張するので、その違法性について検討することとする。

(一) 被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利について

(1) 未決勾留によって拘禁されている者の自由に対する制限

未決勾留は、刑訴法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として(なお、原告は、罪証隠滅の防止を未決勾留の目的とすることは、憲法一三条、一四条、三一条並びに三七条二項及び三項に違反すると主張するが、国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するためには、適正かつ迅速な捜査及び審理が不可欠であることに照らすと、捜査機関による証拠の発見、収集及び保全のための活動を十全ならしめ、また、証拠に対する不正な働きかけによる公判の紛糾を防止し、ひいては適正かつ迅速な捜査の遂行及び審理の進行を可能にするため、逃亡の防止のみならず、罪証隠滅の防止をも目的として、被疑者又は被告人の身柄を拘束することは、何ら憲法の右各規定に違反するものではないと解される。)、被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであって、右の勾留により拘禁された者は、その限度で身体的行動の自由を制限されるのみならず、前記逃亡又は罪証隠滅の防止の目的のために必要かつ合理的な範囲において、それ以外の行為の自由をも制限されることを免れないのであり、このことは、未決勾留そのものの予定するところでもある。

また、監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するに当たっては、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、この目的のために必要がある場合には、未決勾留によって拘禁された者は、この面から身体的自由及びその他の行為の自由に合理的な制限を受けるのもやむを得ないところというべきである。

(2) 被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利の限界について

被告人の弁護人との接見交通権は、被告人の弁護人依頼権の憲法上の保障(憲法三四条前段、三七条三項)に由来する最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人の固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもないところ、右接見交通権を実質的に担保するものとして、被告人と弁護人との間において自由かつ秘密にコミュニケーションをする権利が保障されていると解するのが相当である。

しかしながら、他方において、国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するためには、適正かつ迅速な捜査及び審理が不可欠であり、また、憲法において未決勾留の制度が認められている(憲法三四条参照)ことに照らすと、(1)において判示したことは、被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利についても等しく妥当するというべきである。

したがって、右コミュニケーションの権利といえども、何らの制約をも受けることのない不可侵の性質を有するものでないことが明らかであり、逃亡及び罪証隠滅の防止という未決勾留の目的を達成し、監獄内の規律及び秩序の維持を図るために必要かつ合理的な範囲においては、いわばその内在的制約として一定の制限に服すると解される。

(二) 在監者の物の所持の制限

(1) 領置制度について

ア 在監者が入監の際所持していた物(携有物)については、保存の価値がなく、又は保存に不適当と認められる物を除き、領置され、領置されない携有物は、在監者が処分しないときには、監獄の長において廃棄する(監獄法五一条)。領置とは、在監者の携有物を監獄において強制的に保管することであり、国家権力による占有の強制的取得である(所有権を奪うものではない。)。そして、領置物は、釈放の際交付されることとなっている(同法五五条)ことに照らすと、監獄の長がいったん在監者の携有物を領置すると、その領置の効果は、監獄の長が領置を撤回しない限り、在監者の釈放に至るまで継続すると解される。なお、国は、いったん在監者の携有物を領置した以上、善良な管理者の注意をもって領置物を保管すべき義務を負うことは明らかである(物品管理法三五条、一七条)。

イ 在監者が領置物を正当な用途に充てることを申し出たときは、これを許可することができる(監獄法五二条)。これが、いわゆる「仮出し」及び「宅下げ」である。

このうち、仮出しとは、領置を撤回するのではなく、領置の効力を維持したまま、領置物の所持を一時的に在監者に認める制度であり、国は、仮出しによって領置物の占有を失うことはない。そして、在監者が公判期日に出廷する場合の所持品について、閉廷後再び監獄に持ち帰るときは、右所持品の携行は、同条の規定による仮出しによることとなる。

また、宅下げとは、領置を撤回して、在監者が領置物を外部に対して寄託又は贈与することを認める制度である。

ウ ところで、原告は、「私物に対する権利は人間の尊厳に由来する最も基本的な自由である(憲法一三条及び三五条一項)ところ、監獄内において一切の私物の占有を許さない現行の領置制度は、憲法一三条及び三五条一項に違反する。」旨主張する。

しかしながら、在監者を集団として管理しなければならない監獄においては、処遇の平等、規律及び秩序の維持、保健衛生の確保、物品の適正な管理等を図るため、在監者に対して房内における物の自由な所持を制限する必要性が極めて大きく、他方、領置は、単に占有権を奪うにとどまり、所有権を奪う効果までをも有するものではなく、領置物は、釈放の際に交付されること、監獄の管理運営、秩序維持等に支障のない物については、前記仮出しによって房内における所持が許されることがあることなどをも併せ考慮すると、在監者の携有物を強制的に領置することは、在監者の権利に対する必要かつ合理的な制限にとどまるものであって、憲法一三条又は三五条一項に違反するものではないというべきである。

(2) 在監者に対する差入れの制限

ア 在監者に対する差入れとは、在監者と外界との間の交通の一種であり、目的物の占有を得させるという方法による差入人と在監者との間の交流関係の形成である。差入れには、差入人が監獄に直接持参する方法と郵送する方法とがある。

イ 差入れについて、監獄法五三条一項は「在監者ニ差入ヲ為サンコトヲ請フ者アルトキハ命令ノ定ムル所ニ依リ之ヲ許スコトヲ得」と、監獄法施行規則一四二条は「在監者ニハ拘禁ノ目的ニ反シ又ハ監獄ノ紀律ヲ害ス可キ物ノ差入ヲ為スコトヲ得ス」と、同規則一四三条は「受刑者ニハ法令其他ノ文書図画、筆記具、筆記用紙、印紙、郵便切手、郵便葉書、金銭及ヒ教化上特ニ必要ト認ムル物ヲ除ク外差入ヲ為スコトヲ得ス但自弁ヲ許シタル物ハ此限ニ在ラス」と、同規則一四四条は「刑事被告人ニハ前条ニ掲ケタル物ノ外衣類臥具、飲食物、手巾及ヒ履物ニ限リ差入ヲ為スコトヲ得自弁ヲ許シタル其他ノ物ニ付キ亦同ジ」と、同規則一四六条一項は「在監者ニ差入ヲ為サンコトヲ請フ者アルトキハ其氏名、職業、住所、年齢及ビ在監者トノ続柄ヲ調査ス可シ」と、同条二項は「前項ノ調査ノ結果其差入ガ在監者ノ処遇上害アリト認ムルトキハ之ヲ許サズ」とそれぞれ規定しているところ、右各規定は、差入れの許否を監獄の長の裁量にゆだねているものと解される。

ウ 未決勾留によって拘禁されている被告人に対する自由な差入れを許すならば、差し入れられた物品が逃亡の目的又は監獄内の規律及び秩序を害する用途に利用されるおそれがあり、これらの事態を予防し、併せて前記領置制度の目的を達成するためには、未決勾留によって拘禁されている被告人に対する差入れを一定の限度で制限する必要のあることは明らかである。

そして、差入れを許すことによって、当該差し入れられた物品が逃亡の目的又は監獄内の規律及び秩序を害する用途に利用されるおそれがあるかどうかについては、監獄内の実情に通じ、直接その衝に当たる監獄の長による個々の場合の具体的状況の下における裁量的判断にまつべき点が少なくない。

したがって、前記各規定が差入れの許否を監獄の長の裁量にゆだねている一事をもって、右各規定が直ちに憲法に違反するものと解することはできない。

エ ところで、原告は、「差入れ制度は、被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利を制約するから憲法に違反する。」などと主張する。

しかしながら、前記のとおり差入れの許否が監獄の長の裁量にゆだねられていることにより被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利が一定程度制限されることがあるとしても、被告人と弁護人との間には口頭による秘密の接見が保障されており(刑訴法三九条一項)、他方において、前示のとおり、領置制度の目的を達成するためには差入れの自由を一定の限度で制限する必要があることに照らすと、前示制限の程度は、なお必要かつ合理的な範囲にとどまるというべきであって、弁護人からの差入れの許否についても、これを監獄の長の裁量にゆだねること自体は、未決勾留によって拘禁されている被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利に対する必要かつ合理的な規制として憲法上も是認することができるというべきである。

(三) 法廷における戒護作用の行使

(1) 勾留の裁判の執行に携わる監獄の職員(以下単に「看守」という。)が、勾留の裁判を受けた被告人又は被疑者を監獄に拘禁して外部から隔離するとともに、監獄の内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持するため、在監者に対し、一定の強制作用(以下「戒護作用」という。)を行使することができる(監獄法第四章参照)ことは当然と解される。

(2) そして、看守は、法廷においても、裁判所の訴訟指揮権及び法廷警察権による制約を受けることは別論として、未決勾留によって拘禁されている被告人に対し、適正に戒護作用を行使する職務及び責任を有しているというべきであり(監獄法一九条一項参照)、裁判所の訴訟指揮権又は法廷警察権の存在を理由として、未決勾留によって拘禁されている被告人の法廷における身柄確保の責任を免れるものではないと解するのが相当である。けだし、訴訟指揮権は、審理に一定の秩序を与え、その円滑な進行を図るための合目的的活動を行う権限であり、また、法廷警察権は、法廷の秩序を維持するため相当な処分を行う権限にすぎないのであって、法廷における裁判所のかかる権限の存在を理由に勾留の裁判の執行が事実上であっても停止されるべきいわれはないからである。

(3) ところで、原告は、「看守が審理中に在廷することは、これを認める法律の規定が存在しないから、憲法三一条に違反する。」旨主張する。

しかしながら、監獄法一九条一項は、看守が監獄外において戒護作用を行使する場合を想定した規定であり、前示のとおり、看守は法廷において戒護作用を行使する職務及び責任を免除されるものではないことに照らし、原告の右主張は失当というべきである。

(4) したがって、看守が逃亡又は罪証隠滅の防止並びに監獄内の規律及び秩序の維持を図るために法廷内においても戒護作用を行使する(刑訴法三九条二項、監獄法施行規則一二七条二項参照。なお、原告は、右各規定の違憲性を主張しているが、その当否については、(四)に判示するとおりである。)ことは、その職務上当然のことといわなければならない(ただし、看守による戒護作用は、裁判所の訴訟指揮権及び法廷警察権による制約を受け、また、被告人の当事者としての地位及びその防御権を最大限尊重すべきであって、いやしくも被告人の防御権を不当に侵害するものであってはならないことは、別論である。)

(四) 刑訴法三九条二項及び監獄法施行規則一二七条二項の憲法適合性について

(1) 刑訴法三九条二項は、身体の拘束を受けている被告人又は被疑者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との間の接見又は書類若しくは物の接受の際に、被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐために必要な措置を講じることができる旨を規定するとともに、措置の具体的内容を法令に委任し、これに基づき監獄法施行規則一二七条二項は、被告人と弁護人との接見の際(なお、原告は、「同項は、監獄内における被告人と弁護人との接見に係る規定であって、法廷内でのメモ用紙等の使用に適用される余地はない。」との主張をするが、同項について、その文言及び趣旨に照らして右主張のように解することは困難である。)、逃亡、罪証の隠滅その他の事故を防止するため必要な戒護上の措置を講じることができる旨を定めている。

(2) ところで、原告は、「刑訴法三九条二項は、弁護人との接見交通権の制限の要件及び手段の内容をすべて法令に白紙委任したのに等しい規定であって、憲法三一条に違反する。」旨主張する。

しかしながら、憲法三一条は、自由の制約について、すべて法律そのもので定められなければならないとまでするものではなく、法律による委任(ただし、不特定又は一般的な白紙委任的なものであってはならないことはいうまでもない。)に基づき、法律より下位の規範によって定めることもできるとする趣旨であると解されるところ、刑訴法三九条二項が「被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に対する支障のある物の授受を防ぐため」と規定していることに照らすと、同項が必要な措置を講じることができる要件を法令に白紙委任したものでないことは明らかというべきであり、また、右要件を満たす場合にどのような内容及び程度の措置が必要かつ合理的と認められるかについては、法令によって定める必要性が大きいと認められることに照らすと、同項が法令において右必要な措置を規定することができる旨を定めている一事をもって、憲法三一条に違反するとすることは困難というべきである。

(3) また、原告は、「刑訴法三九条二項は、罪証隠滅の防止を目的とする措置を認めており、憲法上容認することができない。また、規制手段及び規制の要件が全く限定されていないのであって、到底合憲性を肯定することはできない。さらに、弁護権不可侵の原則に従うと、同項が法令に委任した規制手段の内容が被疑者又は被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションを制約しないものに限るという限定解釈をすることが不可能である以上、同項を合憲とすることはできない。そして、同項は、刑訴法八一条と比較してもアンバランスな規定であり、個別的司法審査の可能性を一切考慮せずに一律制限を容認しており、弁護権を不当に軽視し、不合理極まりない差別である。」などと主張する。

しかしながら、前示のとおり、罪証隠滅の防止を未決勾留の目的とすることは憲法に何ら違反するものではないから、刑訴法三九条二項が罪証隠滅の防止を目的とする措置を認めていることは、憲法に何ら抵触するものではない。

また、規制手段及び規制の要件が全く限定されていないから合憲性を肯定することはできないとの主張が失当であることは、前示のとおりである。

さらに、前示のとおり、被疑者又は被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利といえども、必要かつ合理的な範囲において一定の制約を受けると解すべきであるし、刑訴法八一条は、被告人と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者以外の者との接見の禁止に関する規定であることから、その許否の権限を裁判所にゆだねたものであるのに対し、同法三九条二項は、同条一項の規定による被告人と弁護人との間の秘密交通権の保障を前提としつつ、その接見の際、被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐために必要な措置を講じることができる旨を規定するものであって、右コミュニケーションそのものの制約を目的とするものではなく、単にその手段又は方法を規制するにすぎないものであることに照らすと、同法三九条二項が同法八一条と対比してアンバランスな規定であるとの主張は失当というべきである。

(4) 原告は、「監獄法施行規則一二七条二項は、刑訴法三九条二項から受けた委任の内容をそっくりそのままに更に下位の規範にゆだねてしまうものであって、同項の白紙委任的性格と相まって、全体として憲法三一条の手続法定の要請に違反する違憲の規定である。」旨主張する。

しかしながら、未決勾留によって拘禁されている被告人と弁護人との接見の際、逃亡、罪証の隠滅その他の事故を防止するためにどのような内容及び程度の措置が必要かつ合理的であるかは、監獄を管理運営する監獄の長を始めとする看守の専門的知識及び経験に基づき、当該接見の具体的状況などに照らして個別的に判断するのが相当であると解されるから、同規則一二七条二項が必要な戒護上の措置を講ずることができる旨を規定した一事をもって、憲法三一条に違反する規定ということはできないと解される。

(五) 被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利と戒護作用

以上によると、弁護人と被告人との間のコミュニケーションの際に、看守が未決勾留の目的である被告人の逃亡若しくは罪証隠滅の防止又は監獄内の規律及び秩序の維持を図るために一定の戒護作用を行使する(刑訴法三九条二項、監獄法施行規則一二七条二項)ことは、右コミュニケーションそのものの制約を目的とするものではなく、かつ、単に右コミュニケーションの手段又は方法を規制する効果を有するにすぎないものである限り、右コミュニケーションの権利に対する必要かつ合理的な制限として、憲法に直ちに違反するものではないというべきであり、このことは、法廷内においても異なるところはないと解される(裁判所の訴訟指揮権及び法廷警察権による制約を受け、また、法廷における被告人の当事者としての地位及びその防御権を最大限尊重すべきことは、前示のとおりである。)。

(六) B規約及び国際慣習法について

原告は、「被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利は、B規約及び国際慣習法によって保障されており、右権利は不可侵である。」旨を主張する。

しかしながら、B規約によって保障されている権利も、同規約の規定の文言や趣旨、B規約五条一項などに照らして、絶対的かつ無制約なものではなく、権利に内在する合理的制約に服することを当然の前提としていると解され、また、B規約の規定は、憲法に比して詳細かつ具体的な文言とはなっているものの、その趣旨において憲法による保障と異なるところはないと解されるから、B規約により右コミュニケーションの権利が保障されているとしても、前示のとおり憲法上右権利が一定の制約に服するのと同様、B規約の上においても前示のとおり一定の制約に服するものと解するのが相当である。

また、B規約上不可侵の権利と解されない以上、国際慣習法上も、被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利が不可侵のものとして保障されているとは到底解することができない。

以上によると、原告の右主張は失当である。

(七) まとめ

以上検討したところによると、第二の二1において認定した浅野看守長及び尾崎看守の措置は、差入れについて東京拘置所長に認められた裁量権に基づき、メモ用紙等を差し入れようとした(なお、原告は、「本件メモ用紙等の使用は、意思の疎通の一つの手段であって、メモ用紙等そのものには価値がないから、物の授受とはいえず、差入れ手続の必要はない。」などと主張するが、在監者に対する差入れの制限の前示趣旨ないし目的に照らすと、原告の右行為は、メモ用紙等を在監者に交付して所持させるものである以上、その目的のいかんを問わず、前示差入れ手続の対象となる物の授受に該当するものと解される。)原告に対し、その職務とされている戒護作用(刑訴法三九条二項、監獄法施行規則一二七条二項)を行使したものにすぎないと認められるところ、それが原告と甲野との間のコミュニケーションそのものの制約を目的とするものでないことは明らかであり、かつ、その態様は、前示のとおり、原告に対し、甲野との間のメモ用紙等の授受を制止するとともに、東京拘置所の用意するメモ用紙等を使用するよう説得を試みた程度のものにとどまるから、右コミュニケーションの手段又は方法を規制する効果を有するにすぎないものと認めるのが相当である。

したがって、前記コミュニケーションの権利に対する制限の程度は、必要かつ合理的な範囲内にとどまると解されるから、浅野看守長及び尾崎看守の措置は、国賠法一条一項の規定にいう違法な公権力の行使に該当すると認めることはできない。

二  本件手紙の返還要求について

1  原告は、第二の二2において認定した中間所長、山口副看守長及び大島看守部長の一連の行為について、被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利を侵害する違法な公権力の行使に該当すると主張するので、その違法性について検討することとする。

(一) 未決勾留によって拘禁されている被告人あての信書の取扱い

(1) 未決勾留によって拘禁されている被告人あての信書は、監獄の長が検閲し(監獄法施行規則一三〇条)た後、当該被告人に対し交付され、被告人がこれを閲読した後に領置される(監獄法四九条)。なお、在監者に交付された信書は、監獄の長において、処遇上その他必要と認めた期間に限り、在監者がこれを所持していることを許可することができる(監獄法施行規則一三五条)が、一2(二)のとおり、在監者の携有物は、すべて領置されるのであり、在監者が領置された携有物を一時的に所持するためには前記仮出しの手続をとらなければならないことに照らすと、信書について一般の携有物と取扱いを異にすべき特別の事情もない以上、同条の規定による信書の所持の許可は、領置の効果を消滅させるものではないと解される。

(2) ところで、原告は、「本件手紙については、検閲を終了しているはずであり、その内容が逃亡又は罪証隠滅のおそれのないものであることや規律秩序の維持の障害などにならないものであることは既に拘置所において確認済みであるから、本件手紙の授受を宅下げ手続の必要を理由として妨害することは、監獄法令に違反する。」などと主張する。

しかしながら、前示のとおり、監獄法四九条、監獄法施行規則一三〇条によると、未決勾留によって拘禁されている被告人あての信書は、監獄の長が検閲した後、当該被告人に交付され、その閲読後には領置されるのであって、監獄法令が、検閲の終了を理由として、領置しない場合を認める趣旨であるとは到底解されないから、右信書について領置を撤回して授受するためには宅下げ手続が必要であることは明らかであり、右の理は、本件手紙にもそのまま妥当すると解されるから、原告の右主張は採用することができない。

(二) 被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利と信書の授受

前示のとおり、被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利といえども、逃亡又は罪証隠滅の防止という未決勾留の目的を達成し、監獄内の規律及び秩序の維持を図るために必要かつ合理的な範囲において、一定の制限に服するところ、一方において、被告人と弁護人とが拘置所等において立会人なしに口頭により自由に接見することが保障されており(刑訴法三九条一項)、他方、領置制度を実効あらしめるためには、在監者と外部との間の物の授受に当たって一定の手続の履践を要求する必要性が大きいといえることを考慮すると、いったん適法に領置された信書の被告人と弁護人との間の授受に当たって「宅下げ」の手続の履践を要求することは、それが右権利を制限することがあるとしても、その制限の程度は必要かつ合理的な範囲内にとどまるものというべきである。

(三) まとめ

第二の二2において認定した事実によると、本件手紙は、東京拘置所長がその受信を許可した上、監獄法四九条の規定により領置したもので、その後領置が撤回されたことはないこと、甲野は、房内において本件手紙を所持していたが、これは、監獄法施行規則一三五条の規定によったものにすぎないことが認められる。証人山口辰馬の証言中には、本件手紙について領置品基帳への記帳などの領置手続を経たとの趣旨の供述部分があるが、右供述は、これを的確に裏付ける証拠がないから信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はないが、監獄法四九条の趣旨や前示領置制度の目的に照らして、また、監獄の職員が領置手続を履践しなかったことを理由として国が前示善管注意義務を免れることとなるのは不当であることをも考え合わせると、信書については、形式的な領置手続の履践の有無にかかわらず、その受信を許可した以上、同条の規定により在監者の閲読後に当然に領置の効力が及ぶと解するのが相当である。

そうすると、甲野が、平成三年四月八日、東京地方裁判所刑事第四一二号法廷に本件手紙を携行したのは前記仮出しによるものであり、領置の効果は消滅しておらず、国は、同日、第四一二号法廷において、同拘置所に拘禁されている甲野を介して、本件手紙を占有し、善良な管理者の注意をもって本件手紙を保管すべき義務を負っていたと認めるのが相当である。

したがって、本件手紙の管理を担当する東京拘置所長及び同拘置所に所属する職員が、前記宅下げの手続を経ることなく本件手紙を持ち去ろうとし、また、実際に持ち去った原告に対し、その返還を要求することは、これらの者の当然の職務行為に属するというべきであり、これをもって格別違法とするには当たらないといわざるを得ない。

2  次に、原告は、第二の二2において認定したとおり、山口副看守長が原告を泥棒呼ばわりした発言(以下「本件発言」という。)が原告の社会的信用及び名誉感情を著しく損なう行為であると主張するので、その違法性について検討する。

原告を「泥棒」と極め付ける山口副看守長の本件発言がそれ自体不穏当かつ不適切なものであって、原告の名誉感情を傷つけるものであることはいうまでもなく、第二の二2に判示した事実関係、特に、同副看守長は原告に所属弁護士会及び氏名を尋ね、さらに名刺も受領して身元を確認し、後には東京拘置所長名をもって埼玉弁護士会会長あてに本件手紙の返戻方について依頼の文書を提出するとの手段を講じていることなどの事情によると、本件発言につき本件手紙の返還を要求するという職務遂行のための手段としての合理性ないし必要性を認めることも到底できないというべきである。そして、本件発言の相手が法律の専門家であり、社会的地位もある弁護士であること、本件発言がされた第四一二号法廷、エレベーター・ホールとも、周りに複数の人が存在したこと、エレベーター・ホールにおいては、原告が制止したにもかかわらず、更に「泥棒云々」と繰り返したことなどの事情を考慮すると、1に判示したとおり、本件手紙の管理を担当する同副看守長において、宅下げの手続を経ることなく本件手紙を持ち去ろうとした原告に対しその返還を要求することがその当然の職務行為に属することを考慮に入れても、同副看守長の原告に対する本件発言は、違法であるといわざるを得ない。

三  メモ用紙の使用の制限その二について

原告は、第二の二3において判示した平成三年五月二日の乙山裁判官の訴訟指揮について、これを違法な公権力の行使に該当すると主張するが、一1において判示したところと同一の理由により、原告の右主張は採用することができない。

四  被告人と弁護人との間の信書の検閲について

原告は、第二の二4において認定した原告と甲野との間の信書の検閲について、違法な公権力の行使に該当すると主張するので、その違法性について検討することとする。

1  未決勾留によって拘禁されている被告人の信書の発受について、監獄法は、四六条一項において「在監者ニハ信書ヲ発シ又ハ之ヲ受クルコトヲ許ス」と、五〇条において「接見ノ立会、信書ノ検閲其他接見及ヒ信書ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」とそれぞれ規定し、監獄法施行規則一三〇条一項は、「在監者ノ発受スル信書ハ所長之ヲ検閲ス可シ」と規定する。

なお、憲法二一条二項前段にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的・一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきであるところ、監獄法五〇条及び監獄法施行規則一三〇条一項にいう信書の検閲は、在監者が発受する信書のみを対象とするものであって、憲法二一条二項前段にいう検閲には該当しないことが明らかである。

2  ところで、原告は、「監獄法五〇条は、受刑者及び監置に処せられた者に係る信書の発受の制限に関する同法四七条を受けて定められた規定であって、未決拘禁者の信書の検閲を予定していないにもかかわらず、監獄法施行規則一三〇条は、同法五〇条の委任に背いて、未決拘禁者の信書の発受及び通信の自由を侵害しており、憲法三一条に違反する。」旨主張する。

しかしながら、監獄法五〇条は、その規定の位置、文言等に照らして同法四七条のみを受けて定められた規定であるとは解し難く、また、同法五〇条が、未決勾留によって拘禁されている者を含む在監者の信書の検閲を予定していることは、その文面上明らかであるから、原告の右主張は、その前提を欠き、失当である。

3  また、原告は、「仮に監獄法五〇条が未決拘禁者の信書の検閲についてまで包括的に命令に委任した規定だとすると、同条自体が憲法三一条に違反する。」旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、憲法三一条は、自由の制約について、すべて法律そのもので定められなければならないとまでするものではなく、法律による委任に基づき、法律より下位の規範によって定めることもできるとしていると解されるところ、監獄法五〇条は、その文面上明らかに未決勾留によって拘禁されている者を含む在監者の信書の検閲を想定するとともに、単にその手続に関する具体的な定めを命令に委任する旨を規定しているものと解されるのであって、憲法三一条に違反するものではないというべきである。

4  さらに、原告は、監獄法五〇条及び監獄法施行規則一三〇条について、「被疑者又は被告人と弁護人との間の信書の授受と一般人との間の信書の授受とを区別せず、包括的に検閲の権限を命令に授権する同法五〇条及びその授権に基づいて無差別な信書の検閲を規定する同規則一三〇条は、憲法三四条に違反する。」旨主張する。

(一) しかしながら、未決勾留によって拘禁されている被告人に対し、外部との自由かつ秘密の通信を許すならば、逃亡や罪証隠滅、更には監獄内の規律及び秩序を乱す行為に出る計画の通謀を行うことなどが予想されるところであり、その結果、前記未決勾留の目的を達成することができなくなるに至ることは明らかである。そして、外形的事情のみから通信の内容を推測することは必ずしも容易ではないから、これらの事態を予防する対策として、未決勾留によって拘禁されている被告人の発受する信書を検閲し、その内容を知る必要があると認められる。

(二) 他方、前示のとおり、被告人と弁護人との間の自由かつ秘密のコミュニケーションの権利といえども、逃亡及び罪証隠滅の防止という未決勾留の目的を達成し、監獄内の規律及び秩序の維持を図るために必要かつ合理的な範囲において、一定の制限に服し、具体的な規制がコミュニケーションそのものの制約を目的とするものではなく、かつ、単にコミュニケーションの手段又は方法を規制する効果を有するにすぎないものである限り、右コミュニケーションの権利に対する必要かつ合理的なものとして、憲法に直ちに違反するものではないと解される。そして、未決勾留によって拘禁されている被告人が弁護人との間で発受する信書を検閲することは、被告人の発受する信書の検閲の対象が弁護人との間で発受するものに限られるわけではないことに照らしても、逃亡又は罪証隠滅の防止並びに監獄内の規律及び秩序の維持を目的とするものであり、右コミュニケーションそのものの制約を目的とするものではないことが明らかであり、また、被告人と弁護人とは、そのコミュニケーションの方法を信書の発受のみに限定されているわけではなく、拘置所等において立会人なしに口頭により自由に接見することが保障されているのである(刑訴法三九条一項)。以上に照らすと、未決勾留によって拘禁されている被告人が弁護人との間で発受する信書の検閲は、右コミュニケーションの手段又は方法を規制する効果を有するにすぎないと認めるのが相当であって、右検閲が右権利に加える制限の程度は、なお必要かつ合理的な範囲にとどまるものと解すべきである。

(三) したがって、被告人の発受する信書を検閲する旨規定した監獄法五〇条及び監獄法施行規則一三〇条は、何ら憲法に違反するものではないというべきである。

5  なお、原告は、「被告人と弁護人との間の信書の発受については、監獄法上、その自由及び秘密が保障されていると解すべきである。また、被告人の発受する信書、なかでも弁護人との間で発受する信書についてまで一律かつ全面的に検閲することを容認するかのごとき監獄法施行規則一三〇条一項の規定は、監獄法五〇条の委任の範囲を著しく超える無効なものである。」旨主張する。

しかしながら、前示したところに照らすと、監獄法施行規則一三〇条一項が監獄法五〇条の委任の範囲を超えるものでないことは、明らかというべきである。

6  したがって、本件における前示信書の検閲は、監獄法五〇条及び監獄法施行規則一三〇条一項に基づくものであって、違法な公権力の行使には該当しないというべきである。

第四  請求原因4(被告の責任原因--国賠法一条一項)について

請求原因4の事実のうち、山口副看守長が本件発言の当時国家公務員であり、国の公権力の行使の一つである拘禁業務に携わっていたことは、当事者間に争いがないところ、先に判示したところによると、本件発言は、山口副看守長が職務を行うについて故意に行った違法行為というべきであるから、被告は、国賠法一条一項に基づき、原告が本件発言により被った損害を賠償する責任を負う。

第五  請求原因5(損害)について

本件発言により原告が著しい精神的苦痛を受けたことは、これを十分に推認することができる。そして、原告の地位、本件発言に至る経緯、本件発言がされた状況、態様その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件発言により被った精神的苦痛に対する慰謝料は、一〇万円をもって相当と認めるべきである。

第六  結論

以上によると、原告の請求は、被告に対し、国賠法一条一項に基づき、一〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成三年一〇月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官 河本誠之 裁判官 梅津和宏 裁判官 小林邦夫)

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